#つくりおき

一人暮らしをする男性の雑な料理たち

ホヤ、あるいは漁師の恋の味

あなたはどんなときに生きていることを実感しますか。

このつくりおきブログでも多くの戦士たちが表現しているように飽くなき食欲を満たすとき、かわいいあの子と心が通じあったと錯覚したとき、心無い言葉に怒りを感じる瞬間、高めを聴牌しているときのツモ、 熱い湯船に浸かって深呼吸をとき、尿意を我慢しながら歩いているとき・・・。

きっと、人によっても、タイミングによってもいろいろあるでしょう。

自分は最近、これまで食べたこともない「それ」に向きあったときに生きていることを感じました。

料理されて食べられるのを待つだけの「それ」と、自由に食べることができる自分のどうしようもない立場の差。

にもかかわらず、何年と時間をかけて育ってきた「それ」はなにかを主張するような存在感があり、まるで対等であるかのようにまな板のうえで自分を見つめている。 生きている自分は、これに応えなくてはいけないという緊張感をもって包丁を握る。「それ」をさばくときと食べるとき、自分は生きていることを感じたのです。 そこにあるのは圧倒的当事者意識でした。

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こんにちは。片山です。素敵なお野菜を扱う会社でエンジニアをしています。

この生きていることを実感する話は、ちゃぷちゃぷと音のする発泡スチロールが届いたときに動き出しました。

さっそくあけてみると、中身は12体のホヤがきちりと並んでいます。磯の香りが広がります。 ぱんぱんに膨れたホヤが並ぶさまは異様で、つい小包爆弾を連想してしまいましたが、これらのホヤがどういうふうに私たちの体の一部になったかを説明していきます。

ホヤは日持ちがあまりせず、Wikipediaには「新鮮なものは臭わないが、鮮度落ちが早く、時間が経つにつれて金属臭もしくはガソリン臭と形容されるような独特の臭いを強く発するようになる。」 と書かれています。この匂いに好奇心がないわけではないですが社会的な立場があるのと、ホヤを悪くするのはもったいないのでさっそくやっていきます。

ホヤのさばきかた

本やWebによってさまざまな書き方があるのでいろいろ試したのですが、なんでもいい気がしています。 とりあえずこんなやりかた。

1.まず、横でも縦でもいいので包丁でわります。外にでている管を切る必要があると書いてある説明もあるけれど、そうでなくともよい気がする。 ここが一番重要なのだけれど切ったときにでてくる水(ホヤ水という)を捨てずに器にとっておくこと。

2.そして身をとる、ここはするりと剥けて気持ちいい。

3.黒い肝をとって、中身が灰色のS字になっている管のなかみ(排泄物?)を押し出す。これは食べるかどうかは人によるようですが、これはめっちゃうまいのでぜひ一度食べてみてください。

4.これで身が残りました。あとは、食べ方にあう大きさに切って下ごしらえおしまい。

できましたか? 簡単でしたね。

刺身

まず新鮮なうちは刺身です。 ここで重要なのは、ホヤの身をホヤ水で洗うこと。内臓のようなものの中身で汚れているので水で洗いたくなるけれど、そうすると味が水っぽくなってしまう。ホヤ水で洗うと海の匂いが移っていい感じです。

ホヤの殻(?)は、剥いて水を抜くと縮むのだけれど器にするとよい感じ。そのままでもポン酢でもよし。

ホヤのツルリとした舌触りに期待しつつ、さくりと歯を立てると、どんな魚とも違う不安定な歯ごたえに一瞬戸惑いますが、そのまま噛みしめるとほのかな甘さが浮かびます。

また、腸的なもののなかに入っていた味噌状のものは、説明書きでは捨てると指示されていたのですが、かなり濃厚な旨味がある。蟹味噌的。プランクトンしか食べないはずなのであまりなにかが濃縮されたりはしていないと思う。自己責任でどうぞ。

湯引き

次は湯引き。霜降りとかしゃぶしゃぶというやつです。沸騰した湯にさっと通します。以上。 あたたかさのせいか、ホヤのほのかな甘みが刺身よりも引き立つように感じました。

酢の物。

みりんと砂糖と米酢。ただ、これはあまり好きくはない。暑い夏になったらまた違うのかもしれません。 ホヤは5月から8月が旬ともいうのでちょっと早いかな。

ホヤメシ

そしてホヤメシ。 ご飯を炊くときに、細かく切ったホヤとホヤ水、昆布、シイタケ、麺つゆ(創味のそばつゆ)を入れた炊き込みご飯。 これは、うまい。磯の香りが広がって、ホヤの身も刺身のときのツルンとは違うフルンという感じになって官能的なものを感じます。海の味が沁み込んだお米も景色が広がる思いです。

結果、ホヤメシは合計10合を5体のホヤでつくり、人々のおなかを満たしました。

ホヤ定食の様子です。

なぜホヤなのか

さて、さも知ったかのような顔をしていたけれどじつはホヤは食べるのもさばくのも見るのも初めてです。 なぜほやを食べようと思ったかというと、直接には知人がフィッシャーマンジャパンからのホヤの販促メールを転送してきたのがきっかけなのだけれど、そのメールを読んだときに美味しんぼで読んだホヤの話を思い出したからでした。

fishermanjapan.com

話が全て予定調和になる様式美の美味しんぼでネタバレもないと思うので覚えているものを、記憶のままに書いてみます。

それは、ちょっと地味でおとなしい男がいて、それをアッシーくんとして使っていた高飛車な女が宮城にグループで旅行するときにその男に車を出させた話でした*1

じつは宮城出身だったその男が、市場でほやを見て、急に元気になって威勢よく方言を出したり、 泊まった旅館の女将さんがその男が昔、暴れる不良をとっちめて助かったという武勇伝を語ったり、そしてその男がさばいたほやが、見た目は美味しくなさそうだけれど実はとても美味くて 人も見かけではないと気付き、女はその男に惚れ込んだという結末です。

と、なぜか美味しんぼの話をだしたけれど、別にホヤでモテを目指すわけではありません。 最近、自分の先入観によって、人を過小評価していたことに気付き恥じいることがありまして、もっと人を見る目を磨こうと思ったのです。 そのためには、先入観を裏切られる体験を重ねることで、感性が磨かれるのではないかな、と。

どんな問題でも食べもので解決する美味しんぼ並みの論理の飛躍ではあるのですが、実際に未知の存在を対峙し、自分の視覚、嗅覚、触覚、味覚を総動員し、手探りの緊張のなかで向き合えたことで冒頭に書いたように生を実感することができたように思えます。感性が磨かれたかどうかはわかりませんが。

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*1:アッシーくんも高飛車もわりと死につつある言葉ですが、時代感を伝えるにはこれが適切だろうと思う